バイアグラの有効成分であるシルデナフィルはコロナウイルスを治療するお薬として2020年2月より「COVID-19治療におけるシルデナフィルのパイロット試験」[1] で検討されています。一酸化窒素と同様に、シルデナフィルは肺の血管と、性的刺激を受けた場合に陰茎の血管を拡張します。
この研究を行っている中国・武漢のTonji Hospital(同济医院)では、人工呼吸器の補助を必要としない呼吸障害のあるコロナウイルスの患者においてバイアグラがテストされています。肺から酸素を引き出す毛細血管を拡張する作用を助け、呼吸困難を克服することをサポートするかもしれないと信じられています。
この研究の調査終了予定日 は2020年11月9日であり、そのパイロット試験の結果に世界が注目しています。
バイアグラ(Viagra)として知られている有効成分シルデナフィル(Sildenafil)は、男性のED(勃起不全)を治療するためにED治療薬として使用されています。
そしてあまり広くは知られていませんが、レバチオ(Revatio)という商品名で、シルデナフィルは肺動脈高血圧症(PH)の治療にも使用されています。肺動脈高血圧症は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)からの合併症であり、この症状を抱える人々にとって、コロナウイルスへの感染は生命を脅かす重篤な症状に繋がる可能性が高いとされています。
シルデナフィルは、主に陰茎と肺周辺の血管を拡張し血流を増加させることで効果をもたらします。
バイアグラを使用したコロナウイルス患者のためのパイロット試験では、シルデナフィルが肺の血管系を拡張し、炎症を軽減させ、コロナウイルスが重症化した時に発生する急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の緩和に役立つ可能性が調査されています。
2003年のサーズ(SARS)発生後、研究者たちは、シルデナフィルなどのお薬によって生成される一酸化窒素の高いレベルが、ウイルスの複製サイクルに抗ウイルス効果をもたらしたと報告しました。シルデナフィルの現在のパイロット試験はこの可能性をコロナウイルスに応用して調査中です。[2]
シルデナフィルは、ホスホジエステラーゼ5型(PDE5)阻害剤であり、環状グアノシン一リン酸の分解を阻害することにより、一酸化窒素(NO)を介した海綿体や肺動脈の血管拡張作用を増強します。
シルデナフィルの作用と密接な関わりを持つ一酸化窒素はこれまでに、たくさんの人々の命を救う鍵となってきました。
アメリカでは1993年以来、一酸化窒素吸入療法は先天性心疾患を持ち生まれた新生児の酸素不足への治療法として用いられてきました。また、持続的な新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)の乳児を救うためにも使用されています。
乳幼児への治療では、新生児に集中治療室で一酸化窒素吸入療法により高用量の一酸化窒素を吸入させることから始めます。一酸化窒素の作用により肺血管を選択的に拡張させると、体内のメカニズムが反応し、通常5日ほどで自力で一酸化窒素を生成することができるようになります。
国内では、アメリカよりも遅れて導入されましたが、新生児の命を救うための療法として用いられています。
一酸化窒素はアイノフロー吸入用800ppmが使用され、人工呼吸器にアイノベントと呼ばれる供給システムが接続され治療が行われます。どちらもエア・ウォーター株式会社から提供されています。
成人への治療にも、一酸化窒素吸入療法は使用されています。
肺に炎症や肺気腫、嚢胞性線維症などの疾患が生じると、酸素を送達する大きな血管と小さな毛細血管が収縮します。一酸化窒素が投与されると、これらの血管を弛緩させ、血液への酸素の移動を増加させ、心臓の負荷を軽減します。
肺高血圧症の成人においては、一酸化窒素が吸入されると身体の他の器官の血管に影響を与えることなく肺の血管を拡張し、高血圧を緩和することができます。心臓手術後にも、肺の硬化を防ぐために一酸化窒素が投与されます。
一酸化窒素はコロナウイルス(COVID-19)の実験的治療法としてテストされています。
アメリカのボストン、アラバマ、ルイジアナ、そしてヨーロッパのスウェーデンとオーストリアの病院に入院している、コロナウイルスの軽度から中程度の症状の患者で、一酸化窒素を吸入させて検査する臨床試験が開始されました。[3] この試験では、人工呼吸器からの呼吸補助を必要とする患者の数を減らすことができるかどうかがテストされました。
1日2〜3回、約30分間、研究参加者はマスクを通して高用量の一酸化窒素を吸入します。対照群の患者は一酸化窒素なしでテストが行われます。
アメリカのボストンにあるマサチューセッツ総合病院のロレンゾ・ベラ(Lorenzo Berra)医師によると、イタリアの病院でコロナウイルスの患者に一酸化窒素を吸引させたところ、血中の酸素濃度が劇的に上昇するように見えたということです。しかし、一酸化窒素がどれだけ治療のために役立つかを明らかにするためには、より厳密なテストが必要だと述べています。
マサチューセッツ総合病院の調査委員会による第2の試験案では、感染のリスクが高い医師と看護師が、シフトの開始時と終了時に10〜15分間、高用量の一酸化窒素を吸入する試みが行われました。
人間の身体の自然な状態において、一酸化窒素は血管と一部の脳細胞にある60兆個の細胞により生成されています。一酸化窒素は血圧の調節、体内に侵入した毒素の取り込み、血中の血小板による血餅の形成の防止、食物が到着したことを知らせる機能、性交が近づいていることを知らせる機能などをサポートします。
ベラ医師によると、一酸化窒素を使用しての治療は、リスク要因が低いとされています。
一酸化窒素は2004年にはサーズ(SARS)の治療法として研究が開始され、ベルギーのルーベン大学の研究者により、SARSの流行を引き起こしたコウモリから人間に感染したウイルスを殺したことが証明されました。
サーズ(SARS)のウイルスに感染していたアフリカミドリザルの細胞では、一酸化窒素化合物がウイルスの複製能力を半分に減らしたこともわかりました。[4] 1年後、スウェーデンの科学者たちはこの発見を確認し、線量が高いほどSARSのウイルスを遮断するための効果が高まることを発見しました。
しかし、サーズ(SARS)の流行は8か月で解消されたため、実験も中断されました。
ベラ医師は、軽度から中程度のコロナウイルスの患者を対象に、合計240人の被験者を臨床試験に登録する予定です。医療従事者に関する調査では、470人を対象とした臨床試験を計画しています。
このような歴史的経緯を辿ってみると、バイアグラをコロナウイルスの治療薬として応用するパイロット試験はそれほどかけ離れたことではないように感じられます。男性のED(勃起不全)を治療するために開発されたバイアグラですが、もともとは狭心症の治療薬として開発されていたことから考えると、新型肺炎を引き起こすコロナウイルスを治療するためにパイロット試験が行われていることには、繋がりを見出すことができます。
しかし、実際にバイアグラがコロナウイルスの治療薬として使用されるためには更なる研究が必要となっており、医師の指示なしで服用することは推奨されていません。
研究者たちの今後の研究成果に期待したいです。
脚注:
[1] https://clinicaltrials.gov/ct2/show/study/NCT04304313?term=sildenafil&cond=COVID-19&draw=2&rank=1
[2] https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC544093/
[3] https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04305457?term=nitric+oxide&cond=COVID-19&draw=2
[4] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15234326/
[5] https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC544093/
参照:
https://www.mdlinx.com/internal-medicine/article/6988
https://www.latimes.com/science/story/2020-04-05/viagra-discovery-could-treat-coronavirus-patients